アーカイブ

‘未分類’ カテゴリーのアーカイブ

新訳・眠らない大学!!開店!!

2014 年 4 月 12 日 rajimen コメント 2 件
みなさんこんにちわ!!
お久しぶりです!4期の三八です!!
昨年でラジオの放送が終わり、季節はもう春まっしぐら!!
新学期が始まって眠大ラジオにも新しい風がやってきましたよ!!
新入生カモーーン\(^p^)/
真ん中の4人が新入生ちゃんたちです!!
今年は男の子も来てくれて眠大に活気ができましたよ!!
みんな初めて入るブースにド緊張気味…
うーーん、懐かしいなぁ…うちも最初は何したらいいかわかんなくてごっつ挙動不審やったんよね…
そんな初々しい彼らに頼もしい助っ人が!!
な、なんと卒業生のまげさんと我らがエンジェル・夢美おねえさんが降臨!!
わーーーい\(^∀^)/やたーーー!!
今日この日限定のスペシャルメンバーで眠大が復活しちゃいました
いきなり、新入生に雰囲気を見てもらうっていうことで無茶ブリまみれの即興番組でした
(ちなみにディレクターは三八がやらせてもらいました…照)
そのあと、新入生にも自己紹介がてらブースにログイン!

先輩ラジメンからの質問攻めにしどろもどろな姿がカワイイ……(キュン///)
人数も増えたことでこれから眠大ももっと大きく成長すると思います!!
またリスナーさんのみなさんと一緒に盛り上げていきたいですね!!
それじゃ最後に社会人として羽ばたったエンジェルからのエンジェライズスマイルをどーぞ!!

それではまた今度!!
三八でした☆

ラジメン二期☆にっき:最終回を終えて。※長文注意※

2014 年 4 月 1 日 hikari コメントはありません

皆さんいかがお過ごしでしょうか?
ようやく3月〆切だった原稿が完成して一安心な、ひかりです。

その原稿のトーン貼りが終わってとりあえず落ち着いたのが、3月28日の深夜…そう、まさに今にも眠らない大学の最終回放送が始まってしまう!!!という時。
深夜に起きているのがつらい私は大学に入ってからはほとんどバックナンバーで聞いていましたが、最後ぐらいリアルタイムでちゃんと聞きたい!と思い、私は慌ててラジオ関西にチャンネルを合わせました。

私が眠大と出会ったのは高3で初めて行ったオープンキャンパスでした。「まんが家になりたい」と思って周囲に反対されながらも普通の高校じゃなくてデザイン科の高校に進学し、色々なジャンルの勉強をした上で、もっとまんがに特化したところに行きたいと思うようになった私に先生が勧めてくれたのが友達が受験する大学にあった「まんが表現学科」で、とりあえずオープンキャンパスに行き、説明を聞いたり作品を見てもらった後、少し暗くなった廊下のつき当りに≪「眠らない大学」公開収録≫の文字を見つけました。
開け放たれた扉の向こうでは、ラジオの収録が行われいて、大学生の人が優しく説明してくれて見学者用のいすに座ると、そこに広がるのは不思議な空間。
楽しそうな談笑とその中に含まれた緊張感。見ているだけで引き込まれていく心地いい声。
大学というまだ知らない未知の場所に来ているというドキドキは、椅子に座って夢中に見て聞いている内に違うものに変わって…
結局他の見学者が誰もいなくなっても、その日の収録が終わって出ていかなければならなくなるまで居座っていました。

それから何回もオーキャンがあるたびに、私は公開収録に足を運びました。
そんな私を「お客さん」としてラジメンの方々は受け入れてくれて、お話上手な皆さんは引っ込み思案な私にたくさん話をしてくれました。
収録では、大塚先生のまんが道場に出させてもらったり、萌えゼリフ考えて!と言われてそれが本当にお姉さんに読まれたり。
「もしもこの人たちの中に入れたならどんなに幸せだろう」なんて、夢みたいなことを思っていました。

入学して、時間割の片隅にあった音響メディアのラジオを作る授業を見つけました。
だけど授業・課題・単位の上限のことを考えるとどう考えてもその授業はなかなかネックで、まんがに集中したいからこの大学を選んだはずでは?と自問自答。
とるのはあきらめよう、と思って一回目の授業に行かなかった私に、廊下で会った夢美お姉さまが一言「ラジオ、とらないの?」と。
次の瞬間、気が付いたら「…と、とります」と言ってしまっていました。

これで良かったのか?と思う瞬間はそのあとも何度もやってきましたが、その疑念はあの空間に行くと消え去っていきました。オーキャンに行き過ぎたせいで、先輩たちに完全に顔を覚えられていた私は気さくな先輩方につられて少しずつ自分からも話ができるようになって。
ラジオに関われてその空間にいても許されることがものすごくうれしかったから、やっていけたんだと思います。

後輩が入ってきた二年目、新しいラジメンの三期生はメンバーが多い上に積極的な子ばかり。
一方の私は誰かと一緒にいる事がまだまだ慣れなくて自分の意見をぶつけるのも怖く、ただなんとなくそこにいられたらいいと思っていた人間で。

その頃から、二期生は私しかいないという状況がものすごく多くなり、3期に完全に圧された私は「居場所」を見失いました。一年かけてようやく手に入れたと思っていた「ラジメン」としての場所を奪われてしまうと怖くなって。
会議や収録にすら怖くていけなくなってしまった私に、お姉さまが(本当に)天使の微笑みでこうおっしゃったのです

「ひかりには、ひかりの居場所があるんだよ」

問題だらけの自分が、居てもいい場所ができるなんて思ってもみなかったから。
それから私はその居場所にいられるように変わっていこうと思えました。

放送が3月いっぱいで終わると聞いて、そしてめちゃくちゃかまってもらった先輩、そして綱島さんが大学からいなくなることに気が付いて、頭の中が真っ白になりました。
最終収録の日、私はばたばたと裏で動きながらもあの空間に少しでも長く居たくて名残惜しくて写真もいっぱい撮りながら、楽しく眠大らしく終わろうと笑っていて。
だけどお姉さまが涙ぐみながら話しているのを聞きながら、重い扉の裏でこっそり泣いてしまったり。

こんなに大切でかけがえのないものになっていたなんて。
あの時、ラジオの授業をとっていなかったら私はどうなっていたんだろう。

ラジオに関わったことで大変だったことも多かったけど、たくさんの経験ができて少しずつ変わっていけました。
眠大とお姉さまに出会って救われてきたから、今の自分がここにいるんだと思います。

眠らない大学に関われたことは、私の誇りです。毎回すごくすごく楽しかったです。
しゃべりも演技も何もかも、自信をもってできたことは一度もなかったけど、たまに褒めてもらえたり意見をいただいたりするのがすごくうれしかったです。
暖かく見守っていただき、感謝しています。

いままで本当にありがとうございました!

放送はおわってしまいましたが、これからもずっと私たちは「ラジメン」です。
授業は続いていくのでまた集まる機会もあるかもしれないし、気まぐれに誰かがブログを更新したり色々すると思います。
ですので、これからも見守っていただけると嬉しいです。

I♡眠大‼‼‼‼‼‼‼‼

それでは、また。

今年卒研のくせに、4月からの授業にもこっそり忍び込もうかなと真剣に悩む、ひかりでした。


めだか自由帳 ~眠大ラスト編~

2014 年 3 月 30 日 medaka コメントはありません

皆さんお久しぶりです。めだかです

遂に、お世話になった先輩、助手さん方が卒業を迎えました。
ここでこれまでの私の人生を振り返るという興味ある人がいるのかも
分からないことを綴ろうと思います。

私は小中高生の時の思い出はほとんどないんです。嫌なことばっかりで思い出したくもないんです。

一度高校を中退し、通信制の高校をなんとか卒業し、神戸芸術工科大学に
やってきたわけです。

しかし、今までの蓄積が余りにも少ない私は大学に入っても1年生の頃は全く喋れず、クラスメイトにも迷惑をかけてばっかりでした。

そんなとき、初めて相談に乗ってもらったのが綱島エンジェルでした。
私は1年生の時母を病気で亡くしました。そんなときもエンジェルは大塚先生に
掛け合ってくれたり、私の話を聞いてくれました。

そんな私の転機は2年生のとき。「まんが構成論」という授業と「ラジオ」の存在でした。

「まんが構成論」という授業は映画を撮るという授業です。
私は他の子たちと違ってできることが圧倒的に少なかったです。
向田助手のもと、本当に初めて真剣に取り組みました。
一度も話したこともない皆と初めてコミュニケーションをとりました。
真剣に取り組み、達成したときのことは今でも大切に覚えています。
情けなくも向田助手の前で泣いてしまいました。

そして授業としてとった「ラジオ」

最初はにんぢんやHB隊長とすら上手く話すこともできませんでした。
これは学祭の冊子にも書きましたが、上手くいかないことに悲しくなり、
逃げようとしたことがあります。それを引き留めてくれたのは綱島エンジェル
です。
それから皆と打ち解けていくうちにラジオが私の中でとても大事なものに
なっていることに気がつきました。
いつの間にか「ここに私は居ていいんだ。」と思えるようになりました。
それからは脚本に挑戦したり、光栄なことにパーソナリティーにも
挑戦させていただきました。

私は今まで一度も感じたことがなかった感情をこの大学で学びました。

リスナーさんからのお便りに私の名前が書いてあること。
私の脚本を皆が演じてくれること。
パーソナリティーとして喋ること。
大変だった学祭の準備。
なにもかもが私の宝物です。

卒業式の日は在学生ながらこっそり参加させてもらいました。

最初は晴れやかな気持ちでいましたが、だんだんと寂しさが募り
綱島エンジェルの顔を見たら、自然と涙が出てきました。
「本当にありがとうございました」
そう言って、私はエンジェルにくっついて泣いていました。
今までラジオを聴いてくださっていたリスナーさん。
そしてラジメンの皆、先生方、本当に本当にありがとうございました。
感謝してもしきれません。

でも、これで終わりじゃないんですよね。

これからもっともっと楽しい人生になっていくって、皆もそうだって、思ってます。
だから、ゆっくりでいいから、少しずつ歩いていこう。
みんな、みんな、ずっと大好きです。
めだか

カテゴリー: 未分類, 舞台裏 タグ:

2号からエンジェルまで

2014 年 3 月 29 日 夢美 コメントはありません

番組自体は6年間、パーソナリティとして4年間やってきた『眠らない大学』もついに終了です。
まさか収録中に泣くとは思ってなかったんだけど、それくらい眠らない大学には色々なものが詰まっています。
助手生活そのものでもあるかな。

ラジオは私が助手になってから最初に与えられた仕事のひとつでした。
助手になる前に、大塚先生から「もしお前が助手になったらやってもらいたい仕事がある」って言われたのですが(他の候補者たちにも言った言葉だけど)「あぁ、きっとこれだったんだな」と思いました。
橋本営業部長にも、ブログはとにかく毎日続けてねと言われてた。

アニたま枠で放送されている番組って、周りは声優さんの番組ばかりで、声優さんが好きで聴いてるリスナーさんにとっては結構ウザい放送時間だったりして、そういう書き込みとか見て若干心が痛んだりもしましたが(実況板とかたまに覗いてたよ)、それでも聴いてくれる人がいるから、一人ひとりのリスナーさんを大切にしよう!ってやってきました。
それはプレゼント発送の時とかね。
メッセージ入りの鉄人カレー送ったり。お便りにお返事したり。よその番組では出来ないであろうことをしてましたね。
リスナーはまんがで言えば読者です。制作者として、受け取り手を強く意識出来るようになったのもラジオのおかげだと思う。

ラジメンが毎年増えてきて、初年度から既にいしもんとか、みかんとか、喋りが上手い子達がたくさんいました。
私は全然トークにしても演技にしても上手いわけではなくて、助手だからパーソナリティやってるって感じもあって悩んだこともあったけど、でも大塚先生がパーソナリティをやめる時に言われた「お前は自分のことあんまり出さないじゃん。それだとどんな子なのかなってリスナーは知りたくなってくる。お前はパーソナリティに向いてるよ。」って言葉は結構心強かった…かも。

あと、助手3年目になった時。
山本先生に「外に出る準備をしなさい。」と言われたのをよく覚えています。
あの頃、私はたぶんラジオでも手ごたえが出てきて、学生とも仲良くやってて凄く楽しかった。
でも助手の任期は4年と決まっているので、あと2年で外に放り出された時どうなってるのか?
この時から「外」への意識は凄く強くなったと思います。
アニメコンテンツエキスポの出展も結構あったと思います。特に初年度はたくさん名刺交換させていただいて、その後の対応なども大塚先生から指示を受けて動いたりしてました。
その夏にいきなり大塚先生から芦屋四姉妹の件でバトンタッチがあったり、イラスト集を作ることになったり、出張持込の窓口を引き継いだり、与えられる仕事も段々大学の外側に位置するようになって来ました。
っていうか大塚先生から引き継いだ仕事結構多いんだけど…;

3~4年目は、仕事が一気に増えたし、初めてのことにも多くチャレンジしたし、自分のまんがやイラストを並行して作業するのも、修羅場続きでどういうスケジュールだったとかあまり思い出せません。。
任期の終わりが近づいて、ラジオ自体もラジメンたちに引き継ごうとしてきたのもこの頃からかと思います。
なかなか上手くいかなかったけどね。。ブログは本当になんで皆書いてくんないかなーと思ったり。
ラジメンの活動って、思い起こせば「授業」から飛びぬけてるものばっかりだった。授業時間外にやること多すぎだったね。プレゼント発送、ラジオドラマの脚本の読み合わせ、学祭準備…
そのぶんやりがいはあるんだけど!ラジメンはよくついてきてくれたなと思うよ。
山本先生も言ってたけど、ラジオはサークルみたいな感じだったよね。
学年も、学んでいることも違う人たちが集まって番組を作り、
授業は前期後期履修したら終わりだけど、その後も自発的に「先輩」として授業に顔を出す。。

番組は終わりですが、授業は続く…ということで、まだまだラジメンたちの活動は続きます。
私もたまには授業に顔を出します。
学祭とか、リスナーと歴代ラジメンが集まる場になったらいいよね。(オフ会もしたい!)

ということで、眠らない大学終了とともに、私も大学を卒業します。
眠らない大学が続いていくのも理想だったけど、個人的には私がパーソナリティのうちに終了を迎えることが出来たのもまた良い形だったのかもしれないなと思います。

番組やブログ、その他の活動をここまで続けて来られたのは、見てくれる人が居たからです。
お便りが来たり、ブログのアクセス数が伸びたり、コメントがついたりしなければ絶対ここまでやってこられませんでした。
支えてくださったすべての皆様、本当にありがとうございました。

また、私が色々なことに取り組んでる姿を見て、「自分も新しいことにチャレンジするハートを持てた!」とか!
私が頑張ることが誰かの支えになることもあるようで、なんだこれアイドルみたいやん!と、
着々とエンジェル道を歩めているようですw

そういえば、「次のお誕生日は何がほしいですか?」ってお便りがありました。

眠らない大学が終わっても続く【応援】が欲しいです!!(誕生日関係なくなっちゃうかもですが)
新しくブログも始めますが、見てくれる人がいないと続かないかもしれないから。
番組が終わっても、リスナーさんたちとの縁は途切れませんように!

エンジェルやラジメンへのメッセージは yumimimix.t@gmail.com まで!
エンジェルの新ツイッターアカウント→ @angel_yumimi
新ブログ→ http://angelyumimi.blogspot.jp/

※眠らない大学スタッフブログはこれからも続きます!ツイッター@kdu_radioも続きます!(まだ引き継ぎしてないけど)


まお~。より。

2014 年 3 月 29 日 rajimen コメント 2 件

あえてタイトルはシンプルにさせて頂きました、まお~。です。
ラストの方はバックナンバーの方でもお邪魔させて頂いておりました。

さて、私はラジオ受講当時からすごくお喋りでした。マグロみたいに喋り続けてました。止まったら死ぬ、みたいな(笑)
でも私はちっちゃい時は凄い内弁慶で、外で喋るなんて姿見た事なかったと小学校の友達はよく語ってました。
でもある日、声優さんのラジオ等でとても軽快にトークをしているのを聞いたとき
自分を表現するのに、喋るのってとてもいい事なんだと幼心に焼付いた覚えがあります。
その結果が、今のこのベラベラ喋る大阪のおばちゃんなわけですが←

そんなこんなで、際限なく喋ったり、声優さんの影響かやたらと演技したがった私を
ラジオの皆さんは快く受け入れてくれました。
本当は大学を辞めたかった時期もあったけど、ラジオだけを支えに通っていました。
時にはぶつかり、時にはすれ違い、時には手を取り合い、今までやってきました。
リスナーの皆様に支えていただいたからこそ、ラジメンも頑張ろうと奮起いたしましたし
最後まで企画やラジオドラマを頑張っていっておりました。

学生でにぎわい、活気があったニコ生もすっかり人がいなくなりましたが
本心ではこれからも続けていきたいです。
学校の名前を出すのがまずいのであれば、とある学生のニコ生として個人でやってもいいかもしれません。
ですが、ゴールしてしまっては、ここでニコ生まで畳んでしまっては、本当になくなってしまう気がします。
本当はいい区切りだとも思います。 本家が無くては、支部という言葉は成立しませんし。
ただ、これからも眠らない大学ラジオとしてではなくても、講義は続きます。
後から入ってきて、成長していく後輩たちの せめてもの発表の場になれればと
ただの一個人の願望で、叶うかはこれからの行動次第ですが
後輩たちが入ってきたとき 唯一でもいい、皆様に触れられる場所になりたいと思っています。

そして私はラジオを受講してから 一つ目標も出来ました。
それは、webコースとしては異例かもしれませんが、声優関係の成果をあげることです。
まんが表現学科の人間ですが、このラジオに関わってて、やっぱり喋ったり、人と関わるのは楽しいと感じることが出来ました。

なんだか最後は感謝とかそういうのではなく、ただの個人の覚書のようになってしまいましたが
でも、これらのとりとめのないように見える様々な私の中の想いは、全てこのラジオに関わった事によって形成されました。

リスナーさんありがとう。
ラジメンの皆ありがとう。
教授陣の皆様ありがとう。
エンジェル本当にありがとう。

この番組を支えて下さった皆様へ
ありがとうございました。

番組の中では割と新参がしんみり書きましたが、これからもニコ生で暴れられたらいいな! まお~。でした!


カテゴリー: 未分類, 舞台裏 タグ: